2012年1月20日 (金)

観たかった映画・DVDやっとみたよシリーズ〜「ブラック・スワン」

今日は劇場公開で絶対観たかったのに見逃し、DVDが出てもずっと見ていなかった作品についてです。

そう、「ブラック・スワン」(Black Swan)です。
以下にストーリーに関する記述がありますのでご注意下さい。



これは、もうなんと言っても、アカデミー賞主演女優賞に輝く、ナタリー・ポートマンの鬼気迫る演技に尽きる訳で、これについてはもうあまりにもあちこちで書かれています。
確かに、「出オチ?」と思うくらい、色気も、いや水気や油気さえない、パサパサの姿で(実際凄いダイエットをしたらしいですが・・・)最初出てきます。
その座を奪われた元プリマ(嗚呼、ウィノナ・ライダーがあまりにはまりでちょっと胸が痛くなりましたが・・・)、がニナ(ナタリー・ポートマン)に「不感症の小娘」と毒ずくシーンがあるのですが、まさにその通り「パサパサ」です。そして娘を思いのままにしようとする母親のもとでますますヒリヒリした生活をしています。
そして、白鳥の湖の主役の座を折角射止めたにもかかわらず、監督(ヴァンサン・カッセル)の厳しい要求に苦しみ、自分を追い込み、精神に異常をきたしていく様が、これでもかというくらいに描かれています。

そしていよいよ初日を迎えるのですが、発作的に殺してしまったと思ったライバルのリリー(ミラ・クニス、好演!)の死体が消えてしまった時には、さすがに「そうきたか!」という感じでゾッとしました・・・・

これは、シロウトながらに、いわゆる統合失調症ってやつかなと思い、高名な精神科医である高校の同窓生に聞いてみたのですが(彼には「ソーシャル・ネットワーク」でも意見を聞いてみました。忙しいのに、スミマセン!)、彼の見立てでは典型的な統合失調症ではないとのこと。
彼によると、一般的に統合失調症で目立つ症状の中心は被害的な内容の幻聴とか、関係ないものを結びつけて被害的になる被害関係妄想だそうで、ニナの場合はリアルな幻視が多く、幻視が中心になる統合失調症はむしろ例外的だそうです。あと、統合失調症だと、あんなにアクティブな厳しいトレーニングに長期間参加するのは難しいということで、まあニナのあの姿はあくまでもお話の中で・・・という感じですね。

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(鏡が効果的、象徴的に使われています)

でも、良い映画でした。CGなんかも必要にして最小限という感じでそれが一層怖さをうまく演出していました。

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(ウィノナ・ライダー、久しぶりに見たら・・・)

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(ミラ・クニス、なかなか魅力的です。ナタリー・ポートマンとうまく対照的な役を演じてました。ところで、背中に大きな、たぶん羽をあしらったタトゥーをしている設定なんですが、あんな、もんもん背負ったバレリーナっているんですかね?)

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2012年1月15日 (日)

観たかった映画・DVDやっとみたよシリーズ〜「キラー・インサイド・ミー」

さて今回はノワールな映画、「キラー・インサイド・ミー」(The Killer Inside Me)です。原作は50年代のいわゆるパルプ小説で、この作者(ジム・トンプスン)の原作で映画化されたものには「ゲッタウェイ」とか「グリフターズ」など結構いい作品があります。この「キラー・インサイド・ミー」も「内なる殺人者」として邦訳が出ています。 

以下にストーリーに関する記述がありますのでご注意下さい。







さて、舞台はやはり50年代のアメリカ、西テキサスのセントラルシティという田舎町です。その町で保安官助手をしており人当たりが良いという評判のルー(ケイシー・アフレック)が主人公なのですが、彼がボスの命で売春婦のジョイス(ジェシカ・アルバ)を追い出すために彼女の家に行くところから始まります。ジョイスに殴られ、殴り返すうちにルーの内に秘めたサディズムに火が付きベルトのバックルで彼女の尻を打ち据えますが、彼女もそれで快感を得るタイプで、抜き差しならぬ関係が始まります。

その内彼女を利用して、その町を牛耳っているコンウェイ一家に復讐(幼いころ自分の罪を被ってくれた兄を、コンウェイが殺したのではという疑惑があります)することを思いつくのですが、そのコンウェイの息子を殺すのみならず彼女まで激しく殴って殺し、二人で殺し合ったように偽装します。

こうして転がり落ちるようにいくつもの殺人を繰り返し、一緒に駆け落ちまでしようとした恋人のケイト(エイミー・スタントン、すっかりオバさんぽくなった!)まで殺してしまうのですが、ケイトが唯一安らぎを与えてくれる存在であることを認めつつも「殺さなければならない」という思いに取り付かれ殺してしまうのです・・・

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この鬼畜の役を、ケイシー・アフレックが好演というか、完全に「あ、こんな奴だろうな」と思わせてしまうほどはまって演じています。一見好青年だが何を考えているのか、どこを見てるかわからないような眼差しと、ボソボソした話し方。彼の一人称で話しが進むので、逆に見ている方も、どうして彼がそんなに簡単に人を殺せるのか分からないまま話しは終わってしまいます。まあ、どうころんでもスッキリした話しではないのですがね。この突き放し感というか、一切がクリアにされないまま終わる的な描き方としては、なかなかの作品でした。「わかってしまう」クライムはたいしたものじゃないなくらいの感じですかね。

という訳で、アメリカでは評判イマイチだったようです。まあ、女性に対する暴力描写が多く、女性もそれを望んでいる的な話しでは、いい評価得られないでしょうね。ジョイス役のジェシカ・アルバもこの役で「ゴールデンラズベリー賞」の最低助演女優賞などというものをもらってしまったようで、お疲れ様でした(笑)

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そんなひどい演技じゃないのにね・・・



なお、原作を読んでいないので何とも言えないのですが、オチはちょっとどうだろう的な部分もありました。ルーが一旦精神病院的な施設に入れられ、そこから弁護士に出してもらうまではいいのですが、簡単に家まで送ってもらったり(自殺をほのめかすようなセリフもあるのですが・・・)、そこに保安官達が来る時に、重要な証人(これはちょっとバラせませんが・・・)まで同行したりとか・・・ちょっとアメリカの法的な問題というか現場の動き方が分からないので、あれれ・・・的な感じはありました・・・


見終わった後、こういうクライムものというか暴力描写ものとして、園子温さんだったらどう撮るかな?などと考えてしまいました。


園さんの「冷たい熱帯魚」は去年観た中でも結構上位ランクです。


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2012年1月13日 (金)

観たかったDVDやっとみたよシリーズ〜「トゥルー・グリット」

調子が出てきて、また3本ほどDVD借りてきました。


その中からまずは「トゥルー・グリット (True Grit) 」。
Gritとは、気骨とか不屈の精神という意味があるようで、このセリフが出たとき字幕では「不屈の男」となってました。

そう、これは西部劇です、ジョン・ウェインの「勇気ある追跡」(1969)のリメイクです、しかもコーエン兄弟、しかもしかも製作総指揮がスピルバーグです。

以下ストーリーに関する記述がありますのでご注意下さい。





父親を「ならず者(西部劇くらいしか使わない言葉ですよね)」に殺された14歳の少女が、敵を討つべく保安官を雇い、原住民居住区に他のならず者と逃げ込んだそのかたきを追っていくという話しです。

強い正義感とか、自律とか、苦難を乗り越えてタスクを達成するとか、自己犠牲とか、そして大自然が舞台とか・・・アメリカ人の好物がてんこ盛りで、しかもコーエン兄弟ならではの、乾いた・・・でもないし、まあ独特のユーモアもちりばめてあり、面白くないはずはない映画です。実際、アカデミー賞などかなりの部門でノミネートされたようです。

まあ何と言っても、俳優陣がすごいので締まるというか、それだけで美味しいですよね。

主人公の少女、マティ・ロスを助ける(雇われた?)隻眼の老保安官、ルースター・コグバーン役には、ジェフ・ブリッジス(「タッカー」「ファビュラス・ベーカー・ボーイズ」「フィッシャー・キング」「白い嵐」なんか印象的。でも「ハリウッドで最も過小評価されている俳優」No.1に選ばれたり・・・)が。
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そして、テキサスからそのならず者を追いかけていて、一緒に追跡することになるラビーフ役には、マット・デイモン(「インビクタス」が素晴らしく、「グッド・シェパード」も好演、でも「ボーン」シリーズが実ははまり役と思ってます。「コンテイジョン」も観たい!)なのですが、体重増やしてる?って感じの顔になっています。
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この二人がいいのは言うまでもないのですが、例のならず者、でも実は結構ヘタレというチェイニー役を大好きなジョシュ・ブローリンが演じてます。「ノー・カントリー」で好きになり、「アメリカン・ギャングスター」の悪徳刑事役でさらに好きになった役者さんです。そういえば「告発のとき」にも出てました。
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そしてそして、チェイニーが逃げ込んだ盗賊団の、ちょっとキャラの立った親分がバリー・ペッパー(「グリーンマイル」とか「プライベート・ライアン」)です。
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そして、主人公を演じるヘイリー・スタインフェルドの演技には脱帽するばかりです。これがデビュー作!!!

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これからが楽しみですね!




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2012年1月 9日 (月)

観ていないDVDをやっとみたよシリーズ〜「デビル」と「塔の上のラプンツェル」

3連休でDVDをちょっとまとめて観ました。

バラバラなのにもほどがありますが、「デビル」(Devil)と「塔の上のラプンツェル」(Rapunzel)というまったく毛色の違う2本を観ました。

以下に、ストーリーに関する記述がありますので、ご注意下さい。




◆「デビル」(Devil)
これまでさんざんな目に遭わされた(笑)あのナイト・シャマランが監督ではなく、制作に回った作品。「ザ・ナイト・クロニクルズ」というシリーズの第1作になるようです。
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これは、たまたま同じエレベータに乗り、そこに閉じ込められてしまった5人の男女が次々に殺されていくという密室ものなのですが、どうやらその中の一人が悪魔であるということになっていきます。彼らを助けようとする刑事も、5年ほど前に妻子をひき逃げで殺され、一時ひどいアル中になり現在断酒中といういわくつきの人物だったりします。
あまり期待せずに観た分面白かったです。シャマランの場合、途中で、「あ、もしかして・・・」という悪い予感が起こり、「その展開はやめてくれー」と願う間もなく、破綻のまま終わってしまうことがあるのですが、これはそういうことではなかったです。
オカルトなのかサスペンスなのか・・・と最初思うのですが、悪魔の介在が早い段階で自明となり、むしろトホホなオチは避けられています。まあ、幽霊オチとか宇宙人オチと同じく、悪魔なら何でもありだとも思いますが、それでも展開の仕方でうまくもっていくことも可能なんだなと思いました。
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シャマランもこの路線で、若い監督をうまく起用していって欲しいです。

 

◆「塔の上のラプンツェル」(Rapunzel)
ジョン・ラセター御大が制作総指揮のディスニーの王道アニメ。まあ「完璧」な作品です。色彩も音楽も、全てが最高の水準でしょう。
原作はグリム童話で、髪とか塔とか、性的なメタファー満載ですが、まあそこはスルーして誰でも楽しめるということで・・・
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それにしても、表情の作り方がますます素晴らしいですね、欧米のアニメは。

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観たかったDVDやっとみたよシリーズ〜「ブルー・バレンタイン」の愛のパラドクス

2011年も、見損なった映画、DVDが多くありました。年末にリストを作ったら尋常でない数に・・・


この3連休にいくつか見始めました。
まずは「ブルー・バレンタイン (Blue Valentine)」です。主演のミシェル・ウィリアムズは、アカデミーの主演女女優賞にノミネートされるなど、いろんな賞にノミネートされています。

以下に、ストーリーに関する記述があるのご注意下さい。






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ディーンとシンディの夫婦は娘のフランキーと3人で暮らす。長年の勉強の末資格を取り、病院で忙しく働く妻のシンディの一方、夫のディーンの仕事は芳しくない。お互い相手に対して不満を抱えているが、口にしたら平和な生活が壊れてしまうことも知っている。出会った頃の二人は若く夢があった。お互いに相手に夢中で毎日が輝いていた幸せな日々・・・・(公式HPより)

どこにでもいそうなカップルが、破局に向かって避けられない道を歩いていく二日間ほどの出来事が描かれているのですが、面白いのはそれとシンクロしながら、二人が出会って結婚にいたる5年ほど前のストーリーが描かれていることです。
「今」から話しは始まるのですが、出会ったころのストーリーにポンと飛んだ時は、たった5年ほど前という設定にもかかわらず、正直同じ登場人物かわからなかったくらいです。あれ、これってオムニバス形式だったっけ?などと思ってしまうくらい、「今」の二人は「残念」な容姿になっています。実はカメラワークや色調も「あの頃」と「今」ではがらっと変わっているのですが、登場人物の変わり様が全てを物語っています。実際、ディーンを演じたライアン・ゴスリングは髪も抜いて役作りをしたようです。つまり5年後は前髪がすっかり禿げ上っているのです。それ以外にも二人とも実際に体重を増やすなど(この「前」と「今」はそれほど間を空けずに撮影されたようですが!)体を張って役作りをしたようです。生活で、いかに「みてくれ」が変わってしまうか、逆に言うと夫婦でも「みてくれ」を維持することが大事かを語っています。

「今」つまり、破局に向かう2日間は実に冷めた目で二人を描いています。情け容赦なく、身も蓋もない描き方で二人を追い込んでいきます。飼い犬がいなくなるという不安を暗示するような冒頭のシーンに続き朝食のシーンになるのですが、忙しくてインスタントのオートミールしか用意できなく、でも父親と娘は遊び半分で食事をして母親がキレかかるなど、共働きの家庭なら皆似たような経験をしたことがある、そんなシーンが続きます。犬が死んでいたことを知り、気分転換に娘を実家に預け、夫は妻とラブホテルに泊まることにするのですが、もう妻は生理的に夫を受け入れることができない状態にすらなっていることまで描かれます。そして夫は妻の新しい勤務先の病院に現れ妻を罵り暴力すら振るうという、いわゆる完全な「やっちゃいけないこと」をしてしまいます。

二人、特に夫は、それなりに「努力」しているとも映るのですが、愛が終わる時には、「頑張ってもだめ」なことが無情に表現されています。

いったいどこが間違っていたのか、どこまで戻れば違う道があったのか・・・

それを観た方としては考えさせられるのですが、結局は結婚したのが間違いだったのでは・・・というまさに「身も蓋もない」結論についついなってしまいそうです・・・
実際、二人がこうなってしまうのでは、という伏線はいろいろあります。初めて彼を家(実家)に招いて家族皆で食事をとるシーンがあるのですが、彼女が医者を目指して勉強中であるのに対して、彼は高校も中退でそれまでの人生を自己肯定的に捉えている、そしてなんとなく噛み合ない家族との会話・・・その時は、学歴なんてという感じで彼女も気にしないのですが、いずれ、二人の生き方(彼は朝から飲んで、ペンキ塗りなどでなんとか仕事をしていることにしています)とか価値観の違いなどがいやでも露になってしまうことを暗示しています。でもその時は、そんな生き方の違いがむしろ魅かれ合う要素になっているのですね・・・

じゃあ、結婚なんてしない方がいい、とか、そもそも愛って・・・などと言ってしまっていいのだろうか?答えを出さないままこの映画は終わります。これは究極のものを求める時にかならず現れるパラドクスなんですね。宗教でも、「究極の信仰」とは、叶えられないことを知りながら、なおも祈りの言葉を口にせざるを得ないありかただと個人的には思っているのですが、愛も、実は傷つけることを知りながらも愛してしまうことかと・・・


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この映画は音楽の使い方も秀逸です。ラブホテルのシーンでディーンが持ってきたCDをかけ、ラブバラードが流れるのですが、その時は実に陳腐に聞こえるのですが、実はこれは、初めて実家で食事をした時に彼女に贈ったプレゼントで、とても彼女も喜んだことが後で分かったりします。
そして、彼女のためにウクレレ(儚い音が最高!)を弾きながら歌い、彼女がそれに合わせて可愛く踊るという、映画の中でも最も印象的なシーンがあるのですが、「全てが終わった」と思われるラストシーンに続くエンドロールでこの歌がまた流されるのですねえ。そして実はこの歌の最後は「君を傷つけたとしたなら、それは君を愛していたからだ」というような歌詞で終わるのです。これが「答え」だ!と言わんばかりに・・・

とても印象的な映画でした。でも、これから結婚・・・という若いカップルにはあまりオススメできないかも(笑)


この「ブルー・ベルベット」というタイトル、どこかで聞いたことあったと思ったら、トム・ウェイツの歌からとったもののようです。あー、トム・ウェイツ、また聞きたくなったよ。初めて来日した時(80年代中頃??)京大の西部講堂まで聞きに行ったんですよね・・・

「ブルー・バレンタイン」は、ご存知Rhino(ソウル等の復刻版関係でお世話になってます)がまとめたベスト版に入っています。


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2011年11月 6日 (日)

観たかったDVDまとめ見〜瞳の奥の秘密、抱擁のかけら、ずっとあなたを愛してる、フローズンリバー (続き)

前回のエントリーで、見だめしたDVDの話しを書き留めるつもりが、「瞳の奥の秘密」(これは名作!)のことで一杯になり、その他のタイトルについては次回、としながら1ヶ月たってしまいました・・・

あらためて、他の3作について、ちょこっと備忘録的に書きます。
以下に、ストーリーに関する記述があるので、ご注意下さい。







「抱擁のかけら」 (Los Abrazos Rotos:原題はスペイン語ですが、「壊れた抱擁」くらいの意味で、邦題もそれに近いものです)
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ご存知、ペネロペ・クルス主演のスペイン映画。監督は「ボルベール」でやはりペネロペ・クルスと組んだスペインを代表する巨匠、ペドロ・アルモドバル。
ある事故で眼を失い、名前も変えた初老の元映画監督(今は脚本家)を一人の若者が訪ね脚本を依頼するところからストーリーが始まります。そして、彼が新進の監督だった頃、一人の美しい役者志望の女性(ペネロペ・クルス)と出会い映画を撮ることになり、その女性と激しい恋に落ちた過去に話しが遡ります。実はこの女性は富裕な実業家の愛人でその映画のスポンサーでもあったのですが、その眼を盗んで恋に落ちた訳です。しかしその実業家は息子を監視役として現場に送り込み、二人の姿を盗撮させました。そして、二人は逃避行を行うのですが、ついにその旅先で・・・
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恋愛ものであり、ミステリー仕立てになっているのは、前回書いた「瞳の奥の秘密」とも同じ構造です。でもこちらはさらに複雑というか、いろんなものが入れ子構造になっています。老監督を訪ねてくる若い監督がかつてのパトロンの息子で、彼らを撮っていた男であったという話しがあったり、ペネロペを主人公に撮った映画が実は未完成だったのに、逃避行の間にその富豪が勝手にひどい形で完成させてさんざんな酷評に合わせるという展開があるのですが、劇中劇(映画中映画?)という構造まではいかないのですが、ラストではその作品にまた還っていくという展開になります。
そして、現在の彼の身の回りを世話している青年がいるのですが、彼の母親は老監督のエージェントを昔からしている女性(彼女が、またいい演技をしています)です。そして、その彼女と老監督との人間関係も入り組んだストーリーをさらに濃厚なものとしています。
サスペンスなので、これ以上は書きませんが、全てが濃厚で苦しいくらいの愛憎劇なのです。でも、最後にようやく癒しというか再生の兆しを見せて終わってくれる、そんな話しです。
そして何と言っても、ペネロペ・クルスのための映画、そんな印象です。本当に美しく、そして危なげな感じの役をうまくカメラが捉えています。色彩も鮮やかで、彼女の魅力をとてもうまく伝えています。
おまけ(笑)ですが、二人が逃避行する先が、カナリア諸島のランサロテ島という島なのですが、ちょっと行ってみたくなりました・・・
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「ずっとあなたを愛してる」 (Il y a longtemps que je t'aime) やはり原題に近い邦題ですね
フィリップ・クロデールの第1回監督作品、ゴールデングローブ賞の外国語映画賞など、受賞多数。
6歳の息子を殺害し15年の刑期をおえて妹夫婦のもとに身を寄せることになった一人の女性の、再生の物語。イングリッシュ・ペイシェントでアカデミー賞にもノミネートされたクリスティン・スコット・トーマスが主演。すばらしい演技を見せてくれています。
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ストーリーはきわめて重く、彼女がなぜ息子を殺したのかは最後になってようやくあかされます。それよりも彼女と暮らすことになった妹夫婦やその周りの人達との人間関係の話しがずっとメインで、しかも淡々と続きます。妹も幼い頃に姉が犯した犯罪なので両親からも姉のことを忘れるように言われていたり、微妙な人間関係がベースになったヒューマンドラマとして作られています。
しかし・・・最後にようやく、なぜ彼女が息子を手にかけたかが明かされ、しかも彼女は医者であったことも途中でわかり、そして裁判でも一切自己弁護をしなかったという設定になっているのですが・・・そこがちょっと説得力がないというか・・・うーん、他に方法なかったのか??(あるいは裁判で基本的なことは分かってしまうだろう?とか)という気持ちがのこります。役者も最高の演技を見せてくれるだけに、そもそもの設定にちょっと感情移入ができない、といった感じでした。でもとてもいい映画でした。



「フローズンリバー」(Frozen River)
どうも今回は、重い映画特集となってしまいました。それぞれ、再生に向かって進む結末にはなるのですが・・・
これは、今のアメリカの抱えている問題がベースになっています。
国境を越えた不法侵入といえばメキシコ国境のイメージがあり、「トラフィック」などの名作もそこを舞台に描かれていますが、この映画の舞台はカナダとの国境、しかも、いわゆる先住民族(モホーク族)の居留区が両国にまたがっており、いわば一種の治外法権化しています。
ここを舞台に、旦那がでていったプアホワイトの女性とその息子、そしてその居留区でも厄介もの扱いされている女性が主な出演者です。
彼女は、壊れかけたトレーラハウスに住んでいて買い替えるための金を旦那が持って出て行ってしますため、どうしてもお金がいる、そして居留区の女性も死んだ夫との間の子供を義理の親から取り戻すためにやはりお金が必要。最初は反目しあっていた二人だが、どうしてもお金がいることで協力して犯罪(不法越境)に手を染めていく。
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氷が張った河を車で渡るのだが、これが彼女達の人生を象徴している、まさに薄氷というやつだ。この凍てついた風景が全てを物語ってくれます。そして・・・
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最後は、この女性二人がどういう行動をするのか・・・やすっぽくなりがちな結末を最後まで冷徹な眼で、ヒリヒリした感覚を残したまま描ききっています。「友情」なんていう言葉や、涙なんか出幕も無い感じでした。
いやー、アメリカって本当に面倒な問題山積みな国だなあと思わずにはいられません。少数民族に対するこの政策もどうよって感じですし、なにより貧困。しかし女達(特にオカン)の方がどう見ても逞しいです・・・はい。

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2011年10月13日 (木)

観たかったDVDまとめ見〜瞳の奥の秘密、抱擁のかけら、ずっとあなたを愛してる、フローズンリバー

さて観たかったDVDの感想などをまとめて書くのですが、そもそもDVDを観るタイミングが「新作」ではなく「準新作」になってさらに暫くしたくらいのタイミングで、なおかつブログにアップするのにタイムラグがあるため、決してオンタイムの情報ではありません・・・例によってただの備忘録程度ということで・・・・





※下記に、表題の作品のストーリーに関する記述があるのでご注意下さい。


◆「瞳の奥の秘密」
2009年のアカデミー賞で外国語映画賞を受賞した作品くらいの知識で観ました。

オープニング早々、駅のホームを追いかけてくる女性と分かれるシーンが、汽車の窓越しに非常に技巧的、色彩的に撮られていて、ムムという感じです。そして現代のブエノスアイレスで物語はスタートします。ブエノスアイレスの街そのものが一つのキャストのごとく感じられました。前知識なく見出したもので、舞台が「南米」であることすら一瞬とまどい、ヨーロッパのどこかの古い街、そう言葉がスペイン語なのでスペインのどこかの街とさえ思ってしまいました。いやー、美しくも重厚な街の佇まいがこの物語に深みと陰影を与えてくれています。行ってみたいぞ!ブエノスアイレス!!

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ストーリーは、クライムサスペンスぽい色彩がほぼ8割ですね。裁判所を定年退官した主人公(ベンハミン)が25年前に手がけた、殺人事件を本にまとめようと、当時の上司である女性検事(イレーネ)を訪ねるところから実質的な話しは始まり、その時代にカメラがワープします。この事件は新婚の女性が乱暴された上惨殺されるという忌まわしい事件で、若い女性上司とこの主人公で捜査を行うというのがメインのストーリーです。手がかりも少なく捜査も手詰まりになるのですが、被害者の家族が持っていた1枚の写真に映っていた一人の幼なじみのまなざし(瞳)に異常なものを見て取った彼は、強引な捜査を行い逆に捜査は打ち切らてしまいます。

しかし、被害者の夫が、毎夜その男が現れるのを待って、思い詰めた様子で駅に通っているのを見、捜査を再開し、そしてとうとうその男を追いつめ、サッカー場で逮捕します。(サッカー場での長回しのカメラワークもなかなかです、全体にカメラが本当に活きています)

が、しかし、なんとその犯人は政治取引をして釈放され、逆に大統領のSPなどという立場で彼らの前に現れ、復讐すら匂わせます。ちんけな男だったのが実に怖い人間だったことがよく出ててぞっとさせられるシーンでした(このあたりは正直ピンとこないのですが、70年代のアルゼンチンの政治状況というものへの理解が必要なようです)。実際ベンハミンとコンビを組んでいたアル中のいいおやじが彼と間違われて惨殺されてしまいます。そしてベンハミンは身の危険を感じ街を離れることに・・・・ここで冒頭の駅のシーンにつながる訳ですね。

そして、25年が流れ・・・・あの男もどこへ行ったかわからないままです・・・

と、ここで、被害者の夫だった男が意外な役割を演じて、一気にこの物語の結末に向けて加速してゆくのですが、このあたりはむしろ韓国映画の「オールドボーイ」なんか思い浮かべてしまったりしました・・・(筋は全然違いますが・・・)

そして、そして、最後の最後で25年の時を超えたベンハミンとイレーネの男と女の物語になってこの映画は終わります。そう、クライムサスペンスの形を借りた上質な恋愛映画なのですね。

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これは役者が本当にうまく、「大人」な演技「大人」な演出だからこそ成立していると思います。ベンハミンを演じたリカルド・ダリンは国民的俳優ということで、監督のフアン・ホセ・カンパネラも名監督ということです。

うーん、大人な映画!という一言では足りないのでしょうが、そう思うばかりです。カメラワークや色彩、そしてストーリーの緩急や人間像の描きかたなど・・・とてもよかったです。

他の作品についてはまた次回に書くことにします・・・・(続く)

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2011年10月 9日 (日)

Good bye, Steve Jobs

アップルの創業者、スティーブ・ジョブズが亡くなった。今年一線から退いたので体調があまり良くないのだろうとは思っていたのだが、あまりにも早いその死にだれもが驚き悲しんでいる。

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その死から3日ほど経つがアップルのHPはまだその遺影がかかげられている。この遺影も彼の写真と名前、そして1955-2011とだけ記されている。まさに彼がさんざんダメ出ししてこのトップページも作らせたのかなと思ってしまうほど、シンプルな、しかし彼の美意識そのもののデザインとなっている。

そう、デザイン。彼ほどテクノロジー、あるいはイノベーションとデザインの融合を実現した人はいないと思う。レオナルド・ダビンチに喩える人もいるが、まさに技術と美がまだ未分離な時代の「天才」への喩えは彼を讃えるのにふさわしいのかもしれない。

GoogleのVic Gundotraという人が、スティーブのエピソードを2ヶ月ほど前にGoogle+で紹介していたが、この話しは凄い。突然日曜、しかも教会の礼拝中に電話をしてきて緊急の相談があるとのこと。驚いて話しを聞くと、iPhoneで使っているGoogleのロゴの2番目の"o"の黄色の色が変なので、月曜には直して欲しい。そのためのチームももうアサインしているから・・・ということなのである。この彼は、そのエピソードの結びとして、経営者のリーダーシップにとって、いかに情熱と細部にまで及んだきめ細やかな気配りが大切なのかを学んだと言っている。

こういったエピソードは恐らく山のようにあるだろう。付け加えるなら、「デザイン」というものへの理解、配慮がいかに経営者にとって大事なことかということも考えさせられるエピソードである。

最近、macbook proを購入して、久々にマック派にもどったということを書いたが、それも何か不思議なご縁のような気がする。最初にPCに触れたのは、恐らく20年ほど前になると思うが、会社で導入したSE/30というマックだった。四角い箱の形の可愛いマックで当時は部署に1台のPCだったのでフロッピーディスク(!)を持って順番待ちしたものである。ほとんど文書作成と表計算くらいの作業だった。まだプリンターとだけしか結ばれておらず。ネットどころか、マック同士もつながってなく、まさにスタンドアローンな状態だった。「これってPC同士つなげられるらしいぜ」などと呑気な会話をしていた記憶もあるし、「ハイパーリンク」などという言葉もまだ概念のレベルで「ブルータス」でマックの特集か何かで、知識として知ったというレベルである。本当に「初めてネットにコネクトした日」とか「初めてメールした日」を手帳にでも書いておけばよかったと思う・・・

そして我が家で買った最初のPCも、マックの家庭用ローコストモデルのPerformaで、ハードディスクの容量が1Gを超えて感動していたので、おそらく5270あたりだったかと・・・それでいくと多分買ったのは1996年あたりだっとと思う。電話線につないでダイヤルアップしてネットに繋ぐのだが、ちょっとしたものを落とそうと思っても時間がかかり、風呂に入って上がってもまだ、ジーコジーコしていた。モデムを買ってきて外付けにしてもそんなものであった。
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これは、子供が生まれた少し後まで活躍してくれた。ゲームは全くといっていいほどしないのだが、例外的にはまった、Mystとか、Rivenをこれでやったのが懐かしい。世界観と謎解きにはまったゲームなのだが、今の日本のゲームと比べるべくもないのかな??
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Myst島(上)とRivenのドーム(下)

あ、すっかり横道にそれてしまった!!

ブランドなどについて時々人前でお話をさせていただく機会もあるのだが、やはりアップルの例がとても説明しやすい。これはひとえにスティーブ・ジョブズという人の理念や考えが明確だからだと思う。特に今は止まることのできないスピード感がマーケティングにも経営にも求められるが、この点から見ても考えさせられることが多い。

彼がスタンフォード大学の卒業式でした有名なスピーチがあるが、その最初に、「点と点を結ぶ」という話しがある。詳しくはビデオを見てほしいが、要はその時していることが何に役立つかなどは分からない。点と点がどう結ばれたのかは後になって分かることだ、だから、何かを信じて前に進むしかないのだという話しである。これもこの天才が言うから説得力あるが、凡人の集まりでしかない組織はつい点と点を今つなごうとしてしまい、結局慣習に囚われた平凡なアイデアしか出てこないということがいかに多いかということである。

そして、彼が亡くなった今、一層響くのがそのスピーチの後半で述べた「死」についての話しである。
そのスピーチは2005年に行われたのだが、その1年前に彼は膵臓がんで余命数ヶ月という宣告を受けている。結局は手術でまさに一命を取り留めたのだが、そのことが彼の死生観に大きな影響を与えた。「もし今日が人生最後の日なら、今日するつもりでいたことを行うだろうか」という問いを彼は10代の頃からしてきたのであるが、その時の臨死体験から得たものとして、「時間は限られている。だから、誰か他の人の人生のために自分の人生を無駄にするようなことはしないように」と、そのスピーチで学生達に語っている。「あなたが本当になりたいものになってくれ」と彼は言うのである。

彼は(そしてライバルのビル・ゲイツも)私とほぼ同世代である。そしてその自分達の世代から若い世代へ遺す言葉として、これほど意味のある、そしてある意味厳しくもあり、暖かくもある言葉があるであろうか。「死は生の最大の発明である」と彼は言い切っている。そのような覚悟が自分にもてるものだけが言える言葉なのかもしれない。

そして、全てを締めくくった有名な言葉、Stay hungry, stay foolish、この言葉がこの数日頭から離れない。

このスピーチは必見だね!!

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2011年9月23日 (金)

映画「運命の響宴」〜私的「トラウマ映画」

町山智浩さんの「トラウマ映画館」が面白く、それにちなんだ話しをいくつか書きました。


それでは自分にとってトラウマとはいかないまでも、小学生の頃とかにたまたま見てちょっと気になったまま今にいたる映画は何か考えてみました。

うちの両親はぎりぎり大正の最後くらいの生まれで、映画で育ってきたというか、映画くらいしか娯楽の無い時代の人でしたので、映画はよく連れて行ってくれたし、家でもけっこうテレビで洋画を見てました。記憶にある最初の映画はディズニーの「ピノキオ」で、妹が生まれる前だったのは確かなので、昭和34〜35年くらい、3歳〜4歳だったと思います。残念ながらストーリーはほとんどその時の記憶にはなく、クジラだか何かに飲み込まれるあたりで怖くなり泣き出したかなんかで、どうやら途中で退出したようです。(このあたりは自分の記憶なのか、エピソードとして後で植え付けられたかも判然としません)。父親と一緒にいった記憶のはっきりしているものは、「十戒」ですね(笑)。

そんな家族だったので、家でも日曜の午後とかNHKあたりの洋画を皆で見るということがありました。「第三の男」もその一つで、アリダ・ヴァリが二人の男に眼もくれずに並木道を歩くラストシーンは、子供心にも強烈な印象、格好良さを残しました。

さてさて・・・と考えていて思い出したのが、「運命の響宴」(原題:Tales of Manhattan)です。これは1941年の映画のようですが、見たのは多分小学生の5〜6年くらいで1960年代後半だったと思います。この映画についての詳しい情報はこのあたりに書かれているのですが、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の作品です。オムニバスというか一着の夜会服にまつわる6つのストーリーで構成されており、この服を次々着ることになるいろんな人達が、運命に翻弄されていくという話しです。実は見た時「響宴」という言葉の意味がわからず、この服が「響宴」という名前かと思っておりました(笑)。このあたり、既にトラウマちっくですね。


※以下ストーリーにまつわる記述があります。が、あくまでも記憶といくつかのサイトの情報を頼りに書いてますので若干おかしな箇所もあるかと思いますので、逆にご指摘よろしくお願いいたします。

まず出だしで怖い仕立て屋の婆さんだか爺さんだかが出てきて、この服に呪いをかけるのですね。そこからこの一着の服にまつわる物語が始まります。

最初のエピソードは一人の俳優(シャルル・ボワイエだったようです!)が富豪の人妻(リタ・ヘイワーズ)の家を密会のために訪ねる話しで、ちょっとラブサスペンスぽい仕立てです。そして富豪が戻ってきて問いつめられるのですが、ついに富豪に銃で撃たれてしまいます。それまで自分を愛してくれいると思っていたその人妻が夫の側についてしまうことを見届けた後、その俳優はむくりと起き上がり、弾があたったのは狂言だったと告げさっそうと去って行きます。しかし、車に乗るやいなやうめきだします。そう実は撃たれていたのです。そして「一世一代の芝居だった」的な台詞を吐いたところでこのエピソードは終わります。

実は覚えているのは、この最初のエピソードと、次に書く3つ目(多分)のエピソードです。

そのエピソードでは、貧しい作曲家が有名指揮者に見いだされ、カーネギーホールだかでデビューするエピソードです。この作曲家は普段は酒場でピアノを弾いて糊口をしのいでいるのですがデビューが決まり奥さんが慌てて古着屋だか質屋だかで夜会服を買ってきます。それが件の夜会服なわけです。

さて演奏会が始まり、その作曲家自らが指揮をとります。しかし、いよいよクライマックスになったとき、無惨にもその服の袖(肩口)が破れてしまいます。その作曲家はちょっと太り気味で、サイズが合わないのを無理に着ていたのです。最初はクスクス笑いがもれていたのですが、やがて会場は大笑いに包まれてしまいます。作曲家もおかしいと思い、服の異変に気づきついに脱いでしまいますが、これがさらに大笑いを誘ってしまいます。そしてとうとう彼は頭を抱えて泣き崩れてしまいます。幸運なデビューも悪夢に終わってしまったか、と思われたのですが、ふと彼が気づくと会場がシーンとなっています。彼を見出した有名指揮者も会場にいたのですが、彼がすくっと立ち上がり自らも夜会服を脱いだのです(これは大きなマナー違反ということなのでしょうが)。すると次々会場中の紳士が立ち上がり服を脱ぎ始めます。奥さんが無理矢理脱がしてしまうというパターンもあったような・・・そして遅れて入ってきた客も訳わからず脱いでしまうというシーンもありました。そして彼は勇気づけられまた演奏を再開し、大成功をおさめるという心温まるエピソードになっていました。母だったかが「袖がやぶれたことで、かけられた呪いが解けたのかしら」という名解説(?)をしてくれたのを覚えています・・・

このエピソードこそがまさに「トラウマ」で、そのご年月が流れ、夜会服こそ着ませんが、ちょっとスーツでプレゼンなんかすることもあり、しかも太り出した時期もあり、この袖が破れるシーンが眼に浮かんでしまうこともあります(笑)。

さてこの後のいくつかのエピソードは残念ながらほとんど覚えていません。件の作曲家は大成功でホールを出る時に、破れた夜会服を寄付を集めていた慈善団体か何かにあげてしまいます。そして、回り回ってついには強盗団の手に入り、この夜会服を着て押し込み強盗をします。しかし、飛行機で逃げる途中火事が発生し、お金と夜会服は貧しい黒人の農村に落ちてしまいます。お金はどうなったかちょっと記憶が乏しいのですが、天からの授かり物ということで皆で分けたような記憶が・・・そしてラストシーン、数奇な運命をたどったこの夜会服は、最後はこの村の畑の案山子に着せられてその旅を終えました。

けっこう名作のうちに入ると思いますし、子供心にも、一着の服を使って、いろんな話しを繋いでゆくやり方に感心した思い出があります。最初のエピソードと作曲家のエピソードくらいしか記憶に残っていないので語る資格もないのですが、それでも時々、「えーと、あれはなんだったかな・・・?」と頭に蘇ってくるものの一つであることは間違いありません。


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2011年9月11日 (日)

町山智浩さん「トラウマ映画館」のトラウマ

町山智浩さんの「トラウマ映画館」という本が面白いという話しを前に書きました。

この本は、町山さんが少年の頃に見た映画で(家でテレビでたまたま見たようなものも含め)「トラウマ」になってしまっている作品について解説している本です。
60年〜70年代の作品が中心でビデオ化されいないようなものもあり、今や見ることもできないものも含まれています。



この本で取り上げられている作品はほとんど見たことがないのですが、いくつかは見たものもあり嬉しくなってしまいました。

(以下、幾つかの映画のストーリーに関する記述があります)





先ずは74年のフランス映画、「追想」です。これは原題が「Le Vieux Fusil(古い銃)」となっています。本当に邦題のつけ方は、昔からいいなと思ったものはほとんどなく、これもわけわからんというか、ありがちなタイトルになってしまいました。その数年前にバーブラ・ストライサンドとロバート・レッドフォードの主演で「追憶」という映画があり(主題歌もヒットしました)、それにあやかったものかな、などと考えてしまいました。「追想」は私は75年に映画館で見たのですがタイトルにつられて(惑わされて?)カップルも多かったと思います。

内容は、甘い映画では全くなく、ナチスに愛する妻と娘を惨殺された温厚な紳士が復讐の鬼と化してナチを追いつめるという酸鼻を極めるストーリーです。

この頃、普段は温厚、あるいは弱い人間が、狂気に駆られるというテーマの映画が好きで続けていろいろ見てました。ペキンパーの「わらの犬」も封切りはもう少し前だっと思いますが、名画館か何かで見た記憶があります。「温厚」ということではないのですが、タクシー・ドライバーのデニーロが見せる狂気もその頃の映画でした。

「追想」では、ロミー・シュナイダー演じる美貌の妻が、火炎放射器で焼き殺されてしまいます。主人公の彼は、そのことを黒こげの死体を見ることで知るのですが、映画ではナチの兵士が彼女を追いつめて最後に焼き殺すシーンも描かれています。それが私的には「トラウマ」となり、その後映画や戦争のドキュメンタリーなどで火炎放射器が出てくる度にこの映画のそのシーンを思い出してしまいます。

家を離れていた彼はまず村に戻るのですが、異変を感じ教会に行くと、中で村人が全員殺されていたというシーンがあります。そこでまず彼の中で何かが弾けてしまいます。キリストだかマリアの像だかを怒りにまかせて引倒し、「あなたは何を見ていたんだ!」的な台詞を叫ぶシーンもとても衝撃的でした。

そして、クライマックスの「鏡」のシーンが印象に残っています。彼がナチを追いつめるのは、彼の家でもあり今やナチに占拠された古城なのですが、それが迷路のようになっており、それを利用してナチを追いつめていきます(原題の「古い銃」はかれのおじいさんだか父親から受け継いだ古い猟銃で、これも城のどこかにあったものです)。最後にのこったナチの将校が、思いあまって銃で自決しようと鏡の前に立ちます。銃をこめかみにあてていると鏡に映った自分の姿が醜くゆがんでいきます。どうしたのだろうと思うと、実はその鏡はマジックミラーになっており(それはその前のシーンでも描かれており、紳士がそれを通して中を窺っていたりしました)、その鏡の裏から紳士がナチから奪った火炎放射器を照射していたのです。そしてついに鏡が破れナチの将校が火だるまになります・・・町山さんによると、タランティーノもこのシーンが大好きということです(「イングロリアス・バスターズ」につながる話しです・・・)。

あまり話題にもならなかった映画ですが、いくつかのシーンがとても忘れられない作品になっており、町山さんもそうなのかと思い、嬉しくなった次第です。

次は「眼には眼を」という作品ですが、作品についてはこのあたりをご参考に。偶然2度ほどテレビの映画番組で見た(いくつの頃か忘れてしまいましたが)のですが、絶対砂漠には行きたくなくなりました(笑)。

「トラウマ映画館」で取り上げられていた映画、みんな見たいものばかりですが、見ていない中からあえて一作品あげるとするなら、シドニー・ルメットの64年の作品「質屋」(質屋【字幕版】 [VHS] )ですかねえ。これも大きな意味でホロコーストもので、生き延びたユダヤ人の男(ロッド・スタイガー)ニューヨークで質屋をやっているという話しですが、いやーなんか救いのないようなストーリーのようなのですが・・・実は私は子供の頃父親の書斎の本棚にあった「夜と霧」を生意気にも読んでそれこそ「トラウマ」になったという記憶があるのですが、ホロコーストを生き延びたとしても絶望は終わったわけでないというのがあまりに重そうな話しですね。

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